特許庁の全出願データから、企業がどこに発明を寄せてきたかを読む

第1回 / 日東電工

利益の8割を稼ぐ事業に、特許は3分の1しか向いていなかった

日東電工が35年間に出した2万2956件の特許出願を、事業ごとに数え直した。稼ぎ頭と、発明が向かう先はきれいにズレていた。そしてそのズレは、有価証券報告書に載っている研究開発費の配分と、ほぼぴったり一致していた。

日東電工という会社を、多くの人は名前で知らない。だが家にはたぶん、この会社の製品がある。スマートフォンの画面の中にも、たぶんある。

日東電工株式会社(東証プライム・6988)

項目内容
創業1918年10月、電気絶縁材料の国産化を目的に「日東電気工業」として東京・大崎で設立。1988年9月に現社名へ
本拠大阪(1946年に東京から茨木市へ移転)
売上収益1兆281億円(2026年3月期)
営業利益1,836億円(利益率17.9%)
従業員26,477人(連結)。うち13,298人、ちょうど半分がオプトロニクス事業
海外売上86.1%。中国だけで40.9%を占める
研究開発費480億円(売上の4.7%)。研究開発の人員は1,756人
主な製品液晶・有機EL用の光学フィルム、粘着テープ、フレキシブル回路、逆浸透膜、貼るタイプの薬

数字はすべて2026年3月期の有価証券報告書から。海外売上比率と従業員の内訳は、報告書の実額をこちらで割って出した。

粘着テープの会社が、画面の中で稼いでいる

日東電工は1918年に電気絶縁材料の会社として始まった。電線を包むテープを作る会社である。いまも粘着テープは主力のひとつで、家庭用の「コロコロ」を作っているのもグループ会社だ。

だが、いまこの会社の利益をいちばん稼いでいるのはテープではない。液晶や有機ELの画面に貼られている光学フィルムだ。偏光板と呼ばれる、画面から出る光の向きをそろえる薄いフィルムで、日東電工は世界でも指折りのメーカーである。

会社は事業を3つに分けて業績を公表している。

  • インダストリアルテープ — 粘着テープ、電気絶縁材料、自動車や住宅向けの部材。会社の源流
  • オプトロニクス — ディスプレイ用の光学フィルム、フレキシブル回路、半導体の加工に使うテープ
  • ヒューマンライフ — 貼るタイプの薬(経皮吸収型製剤)、海水を真水に変える逆浸透膜、エアフィルター

売上でみると、この3つはそこまで偏っていない。2026年3月期はテープが3648億円、オプトロニクスが5246億円、ヒューマンライフが1372億円。オプトロニクスがやや大きい、という程度だ。

偏っているのは利益のほうだった。

利益は、ほぼ1つの事業から出ている

同じ年(2026年3月期)の営業利益はこうなっている。

事業売上(億円)営業利益(億円)利益率
インダストリアルテープ3,64851714.2%
オプトロニクス5,2461,49928.6%
ヒューマンライフ1,372-50赤字

オプトロニクスの利益率は28.6%で、テープの2倍ある。売上では1.4倍の差しかないのに、利益では3倍近い差がつく。ヒューマンライフはここ数年赤字が続いている。

つまり日東電工は、画面のフィルムで稼いで、それ以外を回している会社だ。この構図は今年に始まったことではなく、少なくとも15年続いている。

図1|稼いでいる事業と、発明が向いている事業
図1|稼いでいる事業と、発明が向いている事業左が営業利益の構成比(有価証券報告書)、右が同じ年の特許出願の構成比。オプトロニクスは利益の7〜8割を占めるが、特許は3分の1あまりしかない。逆にインダストリアルテープは利益2割に対して特許4〜5割。SVG元データ(CSV)

図1の左側が営業利益の構成比、右側が同じ年の特許出願の構成比である。左だけを見てほしい。2010年から2017年まで、オプトロニクスは一貫して利益の7割から8割を占めている。8年間の平均で70.6%だ。

ところが、特許はそこに向いていない

同じ図の右側が、その年に日東電工が出した特許出願を、内容から事業に振り分けた構成比である。

オプトロニクスは、8年平均で36.5%利益の7割を稼いでいる事業に、発明の3分の1あまりしか向いていない。

逆の側はもっとはっきりしている。インダストリアルテープは利益の平均24.2%に対して、特許は42.6%。2017年にいたっては、利益26%に対して特許は49%と、ちょうど半分がテープ側だった。

事業営業利益の構成比特許出願の構成比
オプトロニクス70.6%36.5%
インダストリアルテープ24.2%42.6%
ヒューマンライフ13.1%7.3%

(2010〜2017年の平均。ヒューマンライフの利益は独立して開示された2016年以降のみ)

なぜズレるのか

この差をどう読むかは、ひとつに決まらない。少なくとも3つの読み方がある。

1. 特許で守っていないのかもしれない。 偏光板のようなフィルムは、設計図があれば作れるというものではない。均一に伸ばして、貼って、切る。その歩留まりを上げる工程の作り込みが競争力になる。こういう技術は、特許にすると製法が公開されてしまう。あえて出願せず、社内のノウハウとして抱えるという選択があり得る。実際、素材メーカーではよく取られる戦略だ。

2. 1件あたりの重みが違うのかもしれない。 件数は投資額ではない。オプトロニクスの1件が、テープの5件ぶんの価値を持っている可能性はある。

3. 次の柱を仕込んでいるのかもしれない。 稼げているうちに別の事業を育てるのは、経営としてまっとうな判断だ。テープ側は用途が無数にあり、自動車、住宅、電池、医療とどこにでも入っていける。細かい出願が積み上がるのは、その広がりの裏返しとも読める。

このうち2番目は、確かめる方法があった。

知財部の癖ではなく、予算の配分だった

日東電工は2026年3月期の有価証券報告書で、研究開発費を事業ごとに開示している。総額480億円の内訳はこうなっている。

事業研究開発費(億円)研究費の構成比営業利益の構成比
オプトロニクス16634.6%81.6%
インダストリアルテープ8317.3%28.1%
ヒューマンライフ6513.5%赤字
その他5411.3%赤字
全社技術部門11223.3%

オプトロニクスへの研究費の配分は34.6%。 特許出願の構成比(8年平均36.5%)と、ほとんど同じ数字だ。

これで「1件あたりの重みが違う」という説明はかなり弱くなる。特許の件数が投資額とずれているのではなく、投資額そのものが、利益の構成とずれている。特許はそれを正直に映していただけだった。

人の配置も同じ方向を向いている。連結従業員26,477人のうちオプトロニクスは13,298人で、ちょうど半分。利益の8割をあげている事業に、人が半分、研究費が3分の1、特許が3分の1。

これは会社が意図的にそう配分している、と読むのが自然だ。稼ぎ頭は少ない手数で大きく稼げるので、余った手を他に回している。逆に言えば、この会社はいま、利益の出ていない場所に研究費の6割以上を投じている。

35年で、重心は二度動いた

もう少し長く見てみる。

図2|事業セグメント別 特許構成比の推移(1991–2017年)
図2|事業セグメント別 特許構成比の推移(1991–2017年)日東電工が各年に出した特許出願を、内容から3つの事業に振り分けて構成比にした。1990年代に2割あったヒューマンライフが6%まで下がり、代わりにインダストリアルテープが5割近くまで戻っている。2018年以降は分類データが存在しないため描けない。SVG元データ(CSV)

1991年から2017年までの27年間、日東電工が出した特許を同じ3事業に振り分けたものだ。3つの時期に分かれる。

1990年代 — 三本柱だった時代。 テープが3割強、オプトロニクスが2割強、ヒューマンライフが2割。おおむね均等に近い。この頃のヒューマンライフは、貼る薬と分離膜の研究が盛んだった。

2000年代 — 液晶に全振りした時代。 1999年からオプトロニクスが急に伸びて、2003年に49.5%でピークをつける。出願の半分が画面まわりだった。同じ時期にヒューマンライフは22%から5%まで落ちている。日本の液晶産業がいちばん元気だった時期と重なる。

2010年代 — テープに戻った時代。 2009年を境にオプトロニクスの比率が下がり、テープが再び4割を超える。2017年にはテープ49%、オプトロニクス38%。

ここで図1と重ねると、奇妙なことに気づく。特許がオプトロニクスから離れはじめた2009年以降に、オプトロニクスの利益はむしろ増えている。 オプトロニクスの営業利益は2011年3月期の587億円から、2026年3月期には1499億円へ2.5倍になった。

発明の重心が動いてから、利益がついてくるまでには時間がかかる。2003年に出願のピークをつけた技術が、2010年代の利益を作った、という順序かもしれない。だとすると、いま利益を作っている技術はすでに10年前に出願されたもので、2010年代にテープへ寄せた発明の結果は、これから出てくることになる。

他社と並べると、話が変わる

ここまでは日東電工の中だけを見てきた。「稼ぎ頭に特許が薄い」と書くと、放置しているように読める。だが他社と並べると逆だった。

社内の事業区分ではなく、他社とも共通に測れる技術分野(IPC)で数え直すと、自社の出願のうち光学フィルム系が占める割合はこうなる。

会社光学フィルム系が自社出願に占める割合
日東電工24.1%
富士フイルム16.3%
住友化学13.9%
東レ6.0%

回路材料まで含めると日東電工45.1%、住友化学26.2%、富士フイルム25.5%。どのモノサシでも、稼ぎ頭の分野に特許を寄せている度合いは日東電工がいちばん高い。

図2のズレの正体も、たぶんこれと同じ話だ。オプトロニクスの利益率は28.6%、テープは14.2%。同じ手数をかけても、返ってくる利益が2倍違う。 利益の構成比と手数の構成比がそろわないのは、むしろ当たり前とも言える。

図3|主戦場3分野での競合比較
図3|主戦場3分野での競合比較日東電工の主戦場を、他社とも共通に測れる技術分野(IPC)で定義して並べた。青が日東電工、灰色が競合。偏光板では住友化学が伸び、粘着では日東電工が独走し、分離膜では日東電工だけが引いている。SVG元データ(CSV)

分野ごとに5年区切りで並べたのが図3だ。青が日東電工、灰色が競合。3つとも様子が違う。

偏光板まわり(左)— 撤退戦のなかで残っている。 富士フイルムは2003〜2007年に1765件を出して、そこから668件まで引いた。日本のディスプレイ産業が縮んだ時期と重なる。日東電工は915件から690件へ、ゆるやかに落としただけで踏みとどまっている。目を引くのは住友化学で、130件から673件へ、この20年ずっと増やし続けている。ここは追われている。

粘着(中央)— ここは強い。 日東電工は2008〜2012年に1204件でピークをつけ、いまも976件。積水化学は1993〜1997年の985件から473件へ減っており、この分野で日東電工に並ぶ会社はいない。リンテックが91件から701件へ伸びてきているのが、唯一の動きらしい動きだ。

分離膜(右)— ここだけ、はっきり引いている。 日東電工は349件から110件へ、3分の1以下になった。同じ期間、東レは400件前後を維持している。逆浸透膜は日東電工が長くやってきた分野だが、特許の面ではこの25年、一貫して手を引いてきた

そしていま、この分離膜を含むヒューマンライフ事業が赤字になっている。因果は分からない。ただ、順番としては特許が先に減り、あとから業績が悪くなっている

特許で世界1位でも、市場は取られる

偏光板の話には続きがある。

特許庁が2024年にまとめた技術動向調査によると、偏光板関連の特許ファミリー件数で日東電工は世界1位(1,104件)だった。この分野の発明では、世界のどこよりも多く出している。

同じ報告書に、市場のシェアも載っている。

市場日系メーカーのシェア
液晶用の偏光板2016年 55.5% → 2023年 10%以下
偏光板を作るための保護フィルム・位相差フィルム約90%を維持
有機EL用の円偏光板2016年 86.6% → 2023年 95.7%

液晶用の偏光板という製品そのものは、日本勢がほぼ退場した。中国勢に移った。特許を世界でいちばん多く持っていても、製品の市場は取られる。

ただし全部を取られたわけではない。偏光板を作るための材料(保護フィルム、位相差フィルム)では約90%を保ち、有機EL用の円偏光板ではむしろシェアを上げている。製品から材料へ、液晶から有機ELへ、戦う場所をずらして残ったという形だ。

実際、日東電工は有価証券報告書のなかで「LCDスマートフォン向け光学フィルムから撤退する」と明記している。この会社が「撤退」と書いているのは、赤字のヒューマンライフではなく、いちばん儲かっているオプトロニクスの一部のほうだ。

出願は減っていない。日本全体が縮んだ

「特許出願が減っている」という話をよく聞く。日東電工はどうか。

図4|出願件数と、全国シェアの推移
図4|出願件数と、全国シェアの推移上が日東電工の年間出願件数、下が日本の特許出願全体に占める割合。件数は横ばいだが、日本全体が2001年の43万件から2023年の27万件へ縮んだため、シェアは0.13%から0.31%へ倍以上になった。SVG元データ(CSV)

上の段が年間の出願件数だ。1991年に486件、2013年に950件でピークをつけ、その後は600〜800件で推移している。ピークからは減っているが、1990年代よりは多い。

大事なのは下の段だ。日本全体の特許出願は、2001年の43万5000件から2023年の26万6000件へ、4割近く減っている。そのなかで日東電工の件数が横ばいなら、相対的な存在感は上がる。実際、全国シェアは1991年の0.13%から2022年の0.31%へ、倍以上になった。

個社の件数だけを見て「研究開発をやめた」と読むと間違える。分母を見ないと分からない類の話だ。

25年間ずっと「その他」にいる技術

もうひとつ、集計していて気になったことがある。

日東電工は1991年から2019年までに、電池と燃料電池の特許を753件出している。内訳はセパレータ(電池の中で正極と負極を隔てる膜)が176件、燃料電池が134件、電極が81件。膜を作る技術は、この会社の得意分野そのものだ。

ところが、電池が報告セグメントになったことは一度もない。 30年近く出し続けて、事業として独立していない。この分析でも、3事業のどれにも入らないので「その他」に落ちている。

これを「実らなかった研究」と見るか、「まだ仕込み中」と見るかは分からない。ただ、会社が公表する事業区分だけを見ていると、こういう長い研究は視界に入らない。特許を数えるとそれが見える、というのがこの手の分析の使いどころだと思う。

会社は「撤退」とは言っていない

念のため書いておくと、ここまでの数字は「日東電工がヒューマンライフから手を引いている」という話ではない。会社の言い分は逆だ。

2026年3月期から始まった新しい中期経営計画「Nitto RISE 2028」で、会社は重点分野を3つ挙げている。デジタルインターフェース、グリーンテック、そしてヒューマンライフ。赤字が続いている事業を名指しして「経営資源を重点的に配分する」と書いている。核酸医薬の新工場も動きはじめる。赤字幅もFY2024の119億円からFY2025は50億円へ縮んでいる。

つまり、特許の数字(分離膜が3分の1に減った)と、会社の宣言(重点分野に据える)は、向きが逆を向いている

どちらが本当かは、これから出てくる出願を見れば分かる。ただし前に書いたとおり、その分類データは2019年で止まっている。確かめられるようになるのは、特許庁が続きのデータを出したときだ。

この分析でできなかったこと

正直に書いておく。

特許は、その会社が「人をどこに置いてきたか」の記録でもある

この35年ぶんのデータには、日東電工の発明者が5,613人分、名前で記録されている。特許は技術の記録であると同時に、誰がどの分野で手を動かしていたかの記録でもある。

そして、この記事でいちばん再現性がありそうな発見は、実は日東電工そのものの話ではない。

特許は業績より先に動く。 日東電工の分離膜の出願は1990年代後半から減りはじめ、その25年後にヒューマンライフ事業が赤字になった。オプトロニクスは2000年代前半に出願を積み、その10年後に利益のピークが来た。決算書に数字として出てくる頃には、現場ではとっくに人が動き終わっている。

これは、会社を選ぶ側にとってわりと重い話だと思う。求人票に「成長分野」と書いてあっても、その分野の出願が5年前から減っているなら、社内での位置づけはもう変わっているかもしれない。逆に、業績にはまだ出ていないが出願が増え続けている分野は、これから人と予算が入る場所である可能性が高い。

志望している会社の出願は、J-PlatPat(特許庁の無料検索)で誰でも見られる。出願人名で検索して、分野別・年別に眺めるだけでも、面接で「御社の◯◯分野の出願がこの5年で増えていますが」と言えるくらいの材料にはなる。


数字の出どころは各図の下のCSVに全部入っている。集計をやり直したい人は、そこから始められる。

出所とデータの作り方

  • 特許の集計|特許庁「特許情報標準データ」「整理標準化データ」(2026年2月28日時点の全件スナップショット)を全件集計。出願日ベース。
  • 業績・研究開発費・中期経営計画|EDINET で公開されている有価証券報告書(第148〜161期)および決算短信。FY2004〜FY2009 の業績のみ二次情報。
  • 偏光板の市場シェアとパテントファミリー件数|特許庁の技術動向調査(シェアの原データは富士キメラ総研「ディスプレイ関連市場の現状と将来展望」)。シェアは調査側で企業名が匿名化されているため「日系メーカー計」として引用しています。
  • 競合各社の出願|同じ特許庁データを、各社の出願人名で同じ方法で集計。技術分野の定義は IPC(偏光板まわり=G02B5/30、粘着=C09J、分離膜=B01D)。
  • 集計に使ったコードとデータは、各図の下にある CSV から再現できます。